畑辺初代(真宗大谷派僧侶,兵庫)

中学校で心の相談員をしていた経験や、学習障害の子を持つ親の相談に載ってきました。早期から子供に精神障害のレッテルを貼り、精神科医に預けてしまうに等しい早期介入には反対です。
日本人は3年寝太郎の物語にもあるように、もっとおおらかに人間を見る眼を持っていた筈です。
現状では、早期介入=教育の責任放棄=子供の計り知れない発達を押さえ込むということになりかねません。喩えが極端かもしれませんが、今の日本なら、お釈迦さんは”うつ病”、キリストは”統合失症”のレッテルを貼られてしまうでしょう。
秩序からはみ出す者を全部排除してしまったら、その秩序そのものの未来もありません。

考えてみれば、私が中学校の相談員をしていた頃、既に同じような事態が進行していました。自分が事態を見る目線がなかっただけのような気がします。そして、今も以前の私と同じ様な人がたくさんいるだろうと推測してします。
とりあえず、友人達には資料をつけた手紙やメールを送りました。
総じて、ほとんどの友人が事態の深刻さに驚き、できる事をやりたいと言っています。「精神科医にかかる前に」「その薬を飲む(飲ませる)前に」というメッセージを広げてもらえるように頼みました。
心の病は不安を固定化することによって深刻化するように思います。
その意味では、こうした早期介入の取り組み自体が、病を作り出している側面もあると考えます。思春期に自然に起こってくる現象を「病気かもしれない」と思うことによって、病気になってしまうこともあるやに思います。

最も根本的対処は、「この不安は、私が自由な人間であり、自由な人間になりうる素材。どうか私から不安を奪わないで!」と言える人間に成る事、成り合う事だと考えてます。
そういう基本姿勢から、笠先生が言われている「統合失調症や大うつ病はそんなに多くない」また、Dr.フランクルが言っている「トラウマや事件が精神病の原因になる場合はきわめて少ない。トラウマや事件にどう関わったかが、かえって原因となる場合が多い」というメッセージや、私自身の精神病患者との出会い(どんなにひどい精神病でも、根本の精神が病んでいる人を私は見たことがない!)という事を伝えていこうと思っています。
つまり、自然現象として起こってくる精神病は、避けなければならない病気ではないというメッセージを伝えていこうと思います。

 

サバイバル(国立大学法人工学研究院教員,北海道)

呼びかけを有難うございます。
事例ではありませんが、2つほど、思いついたことがあります。

1つは、ガン検診の早期発見、早期治療の問題。
近藤誠さんが「ガン検診、100害あって、1利なし」などで訴えておられましたが、ガンの早期治療が生存率の向上に結び付いたというデータはないそうです。今回の精神疾患の早期発見も、似た側面がありますが、対象が中高年でなく、少年少女であるだけに事態はより深刻と感じます。

もう一つは、私自身の仕事に結び付いたものですが、大学でもメンタルヘルスの問題が深刻であり、命に関わることも頻繁です。未然に防ぐために、素人の教員が、担任、あるいはアドバイザーなどという形で、学業だけでなくメンタルヘルスについても相談にのらなければならないことになります。素人療法は危険なために、メンタルな問題を発見した場合には、出来るだけ早く専門医にかかるように薦めることになります。幸い、学生は躊躇して相談室や健康管理室に行きたがりませんが、場合によっては、教員が代わりに専門医のアポをとったり、医者に付き添ったりすることが勧められています。大学ですらこのような状況ですから、例えば中学校で早期発見のシステムが作られれば、殆ど流れ作業で「統合失調症様患者」が量産されることになると思います。アンケートのような形で問題が「発見」されれば、素人が抱え込める問題ではなく、心理療法士や精神科医に引き継ぐしか方法が有りません。

今回の呼びかけが、精神疾患患者の偽造を防ぐことを切に祈っております。