精神科の早期介入とは-行政の施策-

 すでに医療機関では早期介入は実施されていますが、さらに強化拡充を図るため、これを法制化しようという動きが2011年から翌年にかけてありました。
その土台となったのが、2010年5月、厚生労働省に提出された「こころの健康政策構想会議」という提言書です。なぜ、こうした提言書が必要かといえば、現在の日本におけるメンタルヘルスの危機、すなわち自殺者年間3万人超が10年以上続いているということや、日本全国で300万人(40人に1人以上)の人々が精神科を受診しているということを例に挙げ、国民の心の健康を守るための法律が必要だと訴えたのです。


しかし、ここで挙げられた数字が即日本人のメンタルヘルスの危機を表しているとは言えません。まず、精神科受診の数が多いと言っていますが、それは精神医学が生んだ結果とも推測されます。十数年前にうつ病キャンペーンという名の精神科受診促進運動がありましたが、その結果、40人に1人が受診するという事態になり、そこから精神科受診の数が多いという論理に結びついた可能性があります。


さらに自殺者の数についても、向精神薬の副作用やその離脱症状の厳しさを考えると、精神科受診の多さが自殺者増加を招いているという見方も成立します。現に、睡眠キャンペーン(自殺を減らすにはうつ病を減らすこと、うつ病の初期には眠れないという症状が出るので、このような名称のキャンペーンが繰り広げられた。テレビなどでも「お父さん、眠れてる?」と娘が父親に問うCMをご記憶の方もいると思います)を実施した静岡県富士市では、キャンペーン後にかえって自殺者の数が増加したという分析結果が出ているのです。


このように、提言書の必要性をお役人に説得する数字だけを見ても、その信憑性に疑義を唱えたくなりますが、さらにこの提言書には、次のような文言が盛り込まれています。(提言書の一七頁。)

「こころの健康の問題は、精神疾患として認められるだけでなく、多くは緊急の社会問題という形で表れます。壮年男性では死因の第一位をしめる“自殺”、育児の困難を象徴する“虐待”、家庭で出口が見えない“ひきこもり”や“ドメスティック・バイオレンス”、学校で対応を迫られる“不登校”“いじめ”、青少年の“薬物汚染”、職場で増加を続ける“うつ”、悲惨な事故を引起す“飲酒運転”、街中で見かける“路上生活者”、高齢者の生活を脅かす“孤立”、これらすべての問題の基礎には、こころの健康の問題があります」

 この言説は、すべての問題を「こころの健康」の問題として回収しようするまさに見本のような文章といえます。そして、こうした論理を背景にした「こころの健康を守り推進する基本法(仮称)」という法案が「こころの健康政策構想実現会議」によって提案され、超党派の「こころの健康推進議員連盟」が2011年12月に発足しました。また、この法案成立を目指して「こころの健康政策構想実現会議」は「100万人署名」と称して国会請願の署名を全国規模で集め始めたのです。
 この法案が成立すれば、若者への精神科早期介入は自治体レベルで制度として定着することになります。学校における健康診断の中に「こころの健康診断」(チェックシート等による)も含まれ、義務化される可能性もあり、それによって生徒があぶり出され、精神科へつながれる道筋を作ることにもなりかねないものでした。

 

 当会では、こうした法案が成立することへの危機感から、国会へ働きかけ、要望書の提出、議員説得など行いました。しかし、大勢は法案成立の方向で動いているような印象を受けていたのです。
 ところが、2012年9月、「こころの健康を守り推進する基本法の請願」は、衆参両院の厚生労働委員会で不採択となりました。早期介入の法制化はひとまず見送られることになったのです。
しかし、不採択となることが決定的となるや今度は、「こころの健康政策構想実現会議」では「地域精神保健医療福祉の充実・拡充を求める請願書」なるものを提出し、厚生労働委員会でもこの「請願書」は採択されています。
 ともかく、法案としての(制度としての)早期介入は回避することができました。が、実態としてはすでに「早期介入」は行われ、そうした方向はますます強まる傾向にあるといっていいでしょう。学校においてもしかり、社会のあり方においてもしかりです。
 当会としては、そうした早期介入に結びつくような動きに対して、これからもアクションを起こしていこうと考えています。